朝鮮王朝の暴君は?

韓国時代劇ドラマ
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朝鮮王朝の暴君は?

韓国ドラマをみているといい王様は名君、
悪い王様は暴君といってますよね。

暴君という言葉を調べてみると・・・

私利私欲のためにはどんな手段も選ばない、人民を苦しめ、きままで横暴な君主
という感じのことを書かれています。

民衆を苦しめる王様が暴君なんですね。

朝鮮王朝でよく暴君といわれているのは。

第10代国王の燕山君

第15代国王の光海君

この二人が調練の歴史の中で暴君と言われてきました。

韓国ドラマでもよく出てくる二人の王様ですね。

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燕山君とは?

朝鮮王朝のなかで暴君と言えば必ずといっていいほど燕山君の名前がでてきます。

燕山君は名君と言われた成宗の子供です。
産みの母親は嫉妬深い人で、王妃から降格させられ、最後は賜薬を下されて
亡くなります。

貞顕王后は実の子供ではなかったので燕山君には愛情が薄かったのでしょう。
そして仁粋大妃にも冷たい態度をとられたようで、愛されずに育った感じですね。

そんな子供時代が影響をしたのかはわからないですが、頑固で気まぐれ、
そして独善的だったといわれてます。

父であった仁粋大妃は燕山君を世子になるのに反対をして、
成宗も迷ってたようですが、嫡男がいなかったので世子にするほかなかった。

世子になって5年後に母違いの弟の晋城大君が生まれる。
父は大君をかわいがっていたそうです。

父の成宗が亡くなって燕山君が王になります。

燕山君が暴君といわれるのは?

王になってから4年くらいは政治も安定してたようですが、
燕山君の行いを正そうとする臣下を粛清したり、重臣たちを排除し
独裁になり、誰も逆らわせないようにします。

朝鮮の教育機関でもあった成均館を妓生と遊ぶ場所にして、

狩りを楽しむために民家を壊したり、美人で評判の月山大君の妻は
燕山君の叔母になるが、その人にまで手をだしたという。

そしてこの暴政にさらに火をつけたのがチャンノクスといわれています。
ノクスは贅沢三昧をし、財政難をおぎなうために、民から税をまきあげます。

そんな燕山君に取り入ろうとするのがイム・サホンで、
母親の死の真相を密告したのでした。

そして実の母の死に関わった人たちを探し出しては罰していきます。

これでは世の中も乱れてきます。
民からは投書が届きます。それを知って、燕山君はハングルで王のことを愚弄
してると怒ってハングル禁止令まで出してしまったのです。

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光海君とは・・・・

朝鮮の歴代王の中で、廟号のない王が二人いて、そのうちの一人は
暴君中の暴君、燕山君ですが、もう一人が光海君です。

光海君の生い立ちなど

光海君は第15代の王になります。

光海君の父、宣祖の次男でした。
長男でもなくて、正室の子供でもなかった光海君は明から世子として認めてもらってなかった。

正室の子であり、母親違いの弟である永昌大君が生まれると、宣祖はとてもかわいがった。
宣祖が亡くなるとまだ幼かった永昌大君ではなく、光海君が15代王となります。

光海君の政治は不安定であった。
そして臣下たちは仁穆大妃や貞明公主を幽閉し、
兄の臨海君と永昌大君を死に追いやり、反対派たちを粛清しました。

粛清はして盤石になったようでしたが反対派は、綾陽君を担いで
反乱をおこし、光海君を廃位し綾陽君(ヌンヤングン)を王としました。

光海君は暴君だったのか?

光海君はなぜ反乱にあったのでしょうか?

民の負担が大きな土木工事を行った。明に背き、後金と手を取ろうとした。
そして兄弟を殺して、仁穆王后を幽閉した。

このようなことが挙げられます。

兄弟のことと仁穆王后のことは暴君と言われるかもしれませんね。
ただ、過去にも朝鮮王朝の中では王座をめぐる争いというのはあったので、
光海君だけが責められる問題ではないのかなと思います。

そして、土木工事に関しては、倭国との戦いで荒廃していたので工事をする必要はあった
といわれています。

明との関係についてはこの時代は後金が勢力を拡大していたので、明も後金も
どちらの存在も重視しなくてはいけなかった時代だったようです。
光海君の中では明よりも後金の方が勢いがあると考えてたのでしょう。
どちらにも転べるようにとの最善の策だったのかもしれません。

上記のようなことを踏まえてみると、
光海君は暴君といわれるほど暴君ではなかったのかもしれないなと
いうことが思えてきています。

光海君の功績

光海君は世子になる前、倭国から攻めてきた敵と戦いに行きます。
そのころ、父の宣祖はなんと都から逃げていたんですよね・・・
民を置いて逃げる王と戦う王子、そりゃあ光海君の人気も高まりますね。

光海君は王宮の再建もして、国土の復興にも力をいれ、外交も巧みでした。
また、民からの税を軽くすることもした。

以上のことなどをみてみると光海君の政治手腕はすごいものだったと思われます。

光海君が暴君だったか名君だったかというのはそれぞれ考え方があるようです。
光海君が登場する韓国ドラマをみていてもそんなに悪く描かれているドラマって
案外ないんですよね。

それより、光海君を廃位した仁祖の方が悪いイメージで描かれてたりします。

燕山君と光海君、暴君と言われる二人をみてみましたが、
暴君と言われてても全然違っていますね。

韓国の歴史とかもおもしろく感じてきます。

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